たった5分で人間関係がラクになるマインドチェンジ

考え方1.社交的な人が幸せとは限らない

1回話しただけで友だち面する人の正体とは?
 
たまに一度話しただけなのに、友だちのように考える人たちがいます。
 
内向的な僕たちにとっては、人種が違うんじゃないかと疑うぐらいです。
 
このような人たちをソーシャルバタフライといいます。
 
 
蝶があちこちの蜜を吸うように、あちこちで友だちを作りたがる人のことですね。
 
実は、このようなソーシャルバタフライは、幼いときに強い罪悪感が形成されていると言われています。
 
なにかで失敗したときに自分ばかりを責めてしまう脆い一面もあるのです。
 
 
内向的な僕たちにとっては、羨ましく感じることもありますが、正体は意外と残念だったようです。
 
 

考え方2.キャラ作りは悪くない

僕は内向的で人見知りを克服するためには、外向的な人格が憑依されたつもりで話してみるといい」というアドバイスをよくさせていただきます。
 
そんなことしたらキャラを作っていることになる」と抵抗を感じる方もいるのではないでしょうか?
 
しかし、キャラ作りに引け目を感じることはありません。
 
なぜならみんな多かれ少なかれキャラ作りをしているからです。
 
例えば、人が話しているときにちょっと大袈裟に笑ったり、作り笑いをするのもキャラを作っていると言えるのです。
 
しかし、それらは会話の潤滑油であり、快適な会話には欠かせないものです。
 
「キャラを作っていない自然体な人」であっても、その人は自然体なキャラを作っているのです。
 
家族と話したり、自室で一人になっている自然体とは違います。
 
 
キャラ作りは、会話の潤滑油だと思えば、難しいことを考えずに会話できるのではないでしょうか。
 
 

考え方3.孤独なのではなく、孤立しているだけ

オタク的になる
本当は寂しくなんかない!?
内向的な人はもともと人と話すのが得意ではないどころか、人と話すのが嫌いと言っていいでしょう。
 
外向的な人が社交によって、エネルギーをチャージできる一方、内向的な人はエネルギーを消耗するのです。
 
 
本サイトでもよく取り上げることですが、外向的と内向的は脳から違います。
 
外向的な鈍感な脳は、社交の刺激によって快楽を感じますが、内向型の敏感な脳は社交によってストレスを感じるのです。
 
社交によって、消耗すると分かっているのに、内向的な人が孤立を恐れ、群れの中に入ろうとするのはなぜでしょうか?
 
それは「友だちがいないと変に思われる」という一種の同調圧力です。
 
 
では、周りの目を気にせずに同調圧力から脱出するためにはどんな方法があるでしょうか。
 
オタクになることで集団から離脱する
好きなことに没頭することです。
 
なぜなら、好きなことをやっているときは集団から離脱することができるからです。
 
 
 
 
僕も高校時代は、休み時間中(というか授業中も)ずっと本を読んでいました。
 
それでも孤独を感じることはありません。
僕は孤立しているだけで、自分の内向的な世界を充実させていられるからです。
 
逆に友だちと話を合わせている連中はどうでしょうか?
孤立こそしていないものの、「このグループと合わない」という孤独を感じているのではないでしょうか?
 
 
事実、結果的にではありますが、僕も周りから「一人ぼっちの寂しいやつというよりは、一人が好きなやつ」と認識されていた…ような気がします。(笑)
 
最初は「友だちがいないから本を読んでいるのだろう」なんて思われていたかもしれませんが、異様なまでに読み続けているので、周りの人も「こりゃ本物だ」と思ったのでしょう。
 
 
自分が他のことに目もくれず好きなことに没頭している間は、集団から離脱することができます。
 
離脱する習慣をつけて同調圧力から逃れる練習をしてみましょう。
 
僕は別にずっと一人でいろ」と言っているわけではありません。
 
ただ一人でいるのを見られたくないから」という理由で、好きでもない友だちと付き合っているのは、あなたにとってマイナスです。
 
 
「一人でいるのが変」という圧力から逃れた先に、本当の友だちづくりがあるということです。

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