学校生活を「ぼっち」で謳歌する方法

「友人が少ないことをダサいと思われるのではないか」
 
友人ができない「ぼっち」の状態が苦になって、学校の雰囲気が苦痛になる人は大勢います。
 
そんな人はぼっちでコミュ障な自分が嫌になっているのではないでしょうか?
 
 
今回はぼっちを克服するための方法を紹介します。
 
周りを意に介さない孤高なあなたを手に入れることができるはずです。
 
 
 

「ぼっち」は孤独が嫌なのではなく孤独と思われるのが嫌

 
あなたは「ぼっち」であること自体が嫌だというよりも、周りからぼっちだと思われることが嫌なのではないでしょうか?
 
せっかく「ぼっち」になれたのですから、ぼっちのまま学生を謳歌しましょう。
 
 
無理して会話に入ろうとせず、一人で教室の隅にいればいいじゃないですか。
 
ようは周りから見て「寂しい人だ」と思われても意に介さなければいいだけです。
 
では「孤独=寂しいやつ」という自分の中の考えを変えていきましょう。
 

「ぼっち」以外が幸せとは限らない

グループの中でも結局気疲れする

グループの中にいても楽しいことはありません。
 
人目を気にする人はグループの中にいても結局人目を気にしてしまいます。
 
例えば、クラスであるグループが話をしている。
自分もそこに加わりたくて、輪の中に入り込もうとする。
 
「周りから見たら自分は会話に入っているように見えるだろうか」ということばかり気にするようになります。
 
結果、話に入るべきという気持ちと変に目立ってグループの中で浮くかもしれないという気持ちが行き来して気疲ればかりしてしまうのです。
 
 
 
 

薄っぺらい関係しか作れない「ふれあい恐怖症候群」

 

 
「ぼっち弁当」を回避している人たちが必ずしも幸せとは限りません。
 
「お昼の弁当を一緒に食べるだけの仲」に苦痛を抱いている人もいるからです。
 
 
特に仲がいいわけでもないのに弁当の時間だけは喋らなきゃいけないのが苦痛。
 
この状態を「ふれあい恐怖症候群」と言います。
 
 
この人たちは2、3人のグループで一緒に食べてぼっちを回避しているかもしれません。
 
しかし段々とぼっちを羨ましくさえ感じるかもしれません。
 
 
あなたはそれを横目に悠々とお一人様を満喫していればいいだけです。
 
 
 
 

友情ではなく依存である

 
 
クラスの主力グループに属するために嫌われないように努力する。
 
それはもはや友情ではなく依存です。
 
 
例えば、特に仲良くない人に対して無理に笑ったり、大袈裟に手を叩いて盛り上げたりするのは自分を認めてもらいたいからです。
 
構造的には異性から愛情を得るために体の関係を持つのと同じ。
 
これを依存と言うのです。
 
心当たりがある人はその関係を断ち切ってみてください。
 
自分は依存関係を解消して健全に過ごしていると開き直りましょう。
 
 
 
 

まとめ.開き直ってこき下ろせ!

さて、ぼっちでいるメリット、無理してグループに入ることのデメリットを紹介してきました。
 
・ふれあい症候群
・友人との依存関係
 
これらに決して心当たりがないことはないでしょう。
 
孤独に押し潰されそうなときは、心の中で「その中にいて楽しいの?」と他の人をこき下ろしましょう。
 
「そんなことしてたら結局寂しい人じゃん」と思うかもしれません。
 
でもいつかプツっと楽になるときが来ます。
「コイツらとつるんでるの恥ずかし!」と思って、自ら孤独を求めるときが来ます。
 
 
 
 

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